酸塩基滴定(中和滴定)は、中和反応を利用して、濃度が未知の酸または塩基の水溶液の濃度を決定する分析化学の手法です。中和反応は、酸と塩基が反応して水と塩を生成する反応で、次のように表せます。
\[ \text { Acid }+ \text { Base } \rightarrow \text { Salt }+\mathrm{H}_2 \mathrm{O} \]
この実験では、濃度が既知の標準溶液(この実験では0.1 M NaOH標準溶液)を、濃度が未知の試料溶液(酢酸水溶液)に少しずつ加えていき、完全に中和した時点(当量点または中和点)を見つけます。当量点では、酸の物質量と塩基の物質量が等しくなります。酸と塩基の反応を物質量で考えると、当量点では以下の関係が成り立ちます。
$$n_{\text{acid}} = n_{\text{base}}$$
ここで、nは物質量を表します。溶液の濃度をC、体積をVとすると、n=CVなので、この関係は次の式で表せます。
$$C_{\text{acid}} V_{\text{acid}} = C_{\text{base}} V_{\text{base}}$$
この関係式を用いることで、既知のCbase, Vbaseと、実験で測定したVacidから、未知のCacidを求めることができます。
実験
今回は、その酸塩基滴定における「pH測定」と「緩衝作用の観測」の実験を紹介します。特に「緩衝作用」とは、酸や塩基を少量加えてもpHがほとんど変化しない性質のことです。この現象は、弱酸とその共役塩基、あるいは弱塩基とその共役酸が共存する緩衝溶液で観察されます。
中和滴定法により酢酸水溶液の濃度を決定しよう
フェノールフタレイン溶液を用いて、0.1M NaOH標準溶液25 mLと濃度未知の酢酸水溶液10 mLの滴定を行いました。使用した、無色透明溶液である0.1M NaOH標準溶液の力価(Factor)は1.002でした。なお、ここで、酢酸水溶液の液色は無色透明です。
全4回の滴定の結果を表1に示します。滴定開始時は無色透明の溶液でした。NaOHを滴下すると、その部分がピンク色に染まり、すぐに色が消え無色透明の溶液に戻りました。ピンク色が消える速度は、NaOH滴下量が多くなるほど遅くなりました。さらにNaOHを滴下すると、しばらく待っても薄いピンク色が消えなくなり、徐々にピンク色が濃くなりました。溶液の色の変化を図1に示します。
この滴定での終点は、溶液の色が薄いピンク色となったときです。3回目の滴定の終点は、10.34 mLでしたが、1~3回目の平均滴下量が10.24 mLとなり、3回目が滴下量±0.10 mLの範囲から外れています。そのため、4回目の滴定を行ったところ、1、2、4回目の平均滴下量が10.19 mLとなり、それぞれ平均滴下量±0.10 mLの範囲内に収まりました。よって、3回目を外れ値として、1、2、4回目の滴定値を採用し、終点の値は10.19 mLとしました。
溶液の色 | 0.1M NaOH滴下量 (mL) | ||||
1回目 | 2回目 | 3回目 | 4回目 | 平均(3回目除く) | |
無色透明 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
薄いピンク | 10.17 | 10.20 | 10.35 | 10.19 | 10.19 |
ピンク | 10.23 | 10.25 | 10.38 | 10.27 | 10.25 |

緩衝溶液のpHを測定し緩衝能の観測しよう
0.1M 酢酸水溶液(ここではpH2.87とします)と0.1M 酢酸ナトリウム水溶液(どちらも無色透明)を用いて、A, B, Cの3種類の混合比の緩衝溶液を作製しました。
- A 酢酸水溶液10 mL + 酢酸ナトリウム水溶液30 mL
- B 酢酸水溶液20 mL + 酢酸ナトリウム水溶液20 mL
- C 酢酸水溶液30 mL + 酢酸ナトリウム水溶液10 mL
これらの溶液を目分量で3等分したものを、A-1~A-3、B-1~B-3、C-1~C-3とします。
HCl水溶液滴下時の緩衝溶液のpH変化
A-1、B-1、C-1の緩衝溶液にHClを1滴、さらに5滴、さらに5滴加えたときのpHを測定した結果を表2、図2に示します。どの緩衝溶液も、HClを滴下するとほぼ同様の傾きでpHが低下しました。しかし、A-1にHClを11滴滴下したとき、比較的大きくpHが低下しました。
HCl合計滴下数 | pH | ||
D-1 | D-1 | C-1 | |
0 | 5.08 | 4.54 | 4.06 |
1 | 5.01 | 4.49 | 4.03 |
6 | 4.65 | 4.10 | 3.48 |
11 | 4.32 | 3.56 | 2.06 |

NaOH水溶液滴下時の緩衝溶液のpH変化
A-2、B-2、C-2の緩衝溶液にNaOHを1滴、さらに5滴、さらに5滴加えたときのpHを測定した結果を表3、図3に示します。B-2、C-2は、NaOHを滴下するとほぼ同様の傾きでpHが低下しました。一方で、A-2にNaOHを11滴滴下したとき、比較的大きくpHが上昇しました。
NaOH 合計滴下数 | pH | ||
A-2 | B-2 | C-2 | |
0 | 5.11 | 4.60 | 4.14 |
1 | 5.18 | 4.64 | 4.20 |
6 | 5.94 | 4.87 | 4.49 |
11 | 11.52 | 5.23 | 4.76 |

イオン交換水による希釈時の緩衝溶液のpH変化
A-3、B-3、C-3の緩衝溶液にイオン交換水(H2O)を10.00 mL加えて希釈しpHを測定した結果を表4、図4に示します。どの緩衝溶液も、イオン交換水を加えてもpHはほぼ変化しませんでした。
H2Oを加えた量 (mL) | pH | ||
ア-3 | イ-3 | ウ-3 | |
0 | 5.07 | 4.63 | 4.10 |
10.00 | 5.08 | 4.63 | 4.11 |

HClとNaOH水溶液を滴下した時のイオン交換水のpH変化
イオン交換水20.00 mLを2つ用意して、それぞれpHを測定しました。次に、片方に1M HCl水溶液1滴、もう片方に1M NaOH水溶液1滴を加えて、それぞれpHを測定しました。
1M HCl水溶液1滴を加える前後で、pH6.55から2.66に低下しました。一方で、1M NaOH水溶液1滴の場合、pH6.47から11.27に上昇しました。
疑問
フェノールフタレインを滴定指示薬として用いたのはなぜ?
フェノールフタレインは、pHに応じて色が無色から赤色まで可逆的に変化します。これは、H+濃度の増加などの外部刺激により、結合の切断や単結合から二重結合への変化が起こるといった、フェノールフタレインの化学構造が変化により光の吸収波長が変化することによります。
この実験で、フェノールフタレインを滴定指示薬として用いたのは、フェノールフタレインがpH8.0~9.0に薄いピンク色の変色域を持ち、中和点の決定に適しているからです。0.10M 酢酸水溶液50.0 mLの0.10M 水酸化ナトリウム水溶液による滴定曲線を図6に示します。この滴定曲線における中和点は、pH8.72にあり、フェノールフタレインの薄いピンク色の変色域に含まれます。さらに、変色域の範囲が狭いため、中和点の位置を正確に観察しやすいという特長もあります。

酢酸水溶液の濃度は?
表1より、濃度未知の酢酸水溶液10 mLは、力価1.002の0.1M 水酸化ナトリウム標準溶液10.19 mLと中和しました。酢酸(CH3COOH)と水酸化ナトリウム(NaOH)の中和反応式を以下に示します。
CH3COOH + NaOH → CH3COONa + H2O
以上より、酢酸と水酸化ナトリウムは、物質量比1:1で反応することがわかります。これらの情報を使って、酢酸水溶液のモル濃度 = 1.02×10-1 (mol/L)と計算できます。
$$x(\mathrm{~mol} / \mathrm{L}) \times \frac{10}{1000}(\mathrm{~L}) \times 1(\mathrm{~mol})=1.002 \times 0.1(\mathrm{~mol} / \mathrm{L}) \times \frac{10.19}{1000}(\mathrm{~L}) \times 1(\mathrm{~mol})$$
$$x=0.1021 \ldots ≒ 1.02 \times 10^{-1}(\mathrm{~mol} / \mathrm{L})$$
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