キレート滴定(chelation titration)は、金属イオンの定量分析に用いられる滴定法の一つです。この方法では、金属イオンと強く結合する化合物(キレート剤)を用いて、金属イオンの濃度を測定します。代表的なキレート剤として、EDTA(エチレンジアミン四酢酸)がよく使用されます。
キレート剤は複数の結合部位(配位子)を持ち、これらが金属イオンと同時に結合することで非常に安定した複合体(キレート化合物)を形成します。この安定性により、キレート剤と金属イオンが1:1のモル比で反応することが保証されます。
滴定では、EDTAの標準溶液を使用します。標準溶液の濃度(モル濃度)は既知であるため、使用したEDTAの体積から正確な物質量を計算できます。金属イオンとEDTAの反応は1:1のモル比で進行するため、使用したEDTAの物質量は試料中の金属イオンの物質量に等しくなります。
キレート滴定の終点は、指示薬を使用して明確に確認することができます。指示薬は、金属イオンと結合すると色が変わる化合物で、これにより滴定の終点を視覚的に確認できます。例えば、エリオクロムブラックTは金属イオンと結合すると赤色になり、EDTAが全ての金属イオンと結合すると青色に変わります。この色の変化が滴定の終点を示します。
実験
カルシウム・マグネシウム混合溶液のそれぞれの濃度を定量してみましょう。
EDTA標準溶液を調製しよう
上皿天秤を使って、白色の粉末状の固体であるEDTA・2Na・2H2Oを約1 g測り取ります。次に、汚れやホコリの付着を防ぐためにトングを用いて秤量びんに直接触れないようにしながら、精密天秤を用いて空の秤量びんと試薬を入れた秤量びんの質量を計測します。今回の場合、空の秤量びんは19.2343 g、試薬を入れた秤量びんは20.1669 gであることから、試薬の質量は0.9326 gであることがわかります。
測り取ったEDTA・2Na・2H2Oを秤量びんの壁面に残らぬようイオン交換水で洗い流しながらビーカーに移し、そこに約50mLのイオン交換水を加えてガラス棒でかき混ぜると、約2分で完全に溶解し、無色透明の溶液となります。これをビーカーの壁面に残らぬようイオン交換水で洗い流しながらメスフラスコに移し、250 mLのEDTA・2Na・2H2O水溶液(EDTA溶液)を作製できました。
カルシウムとマグネシウムを滴定しよう
ロートを用いて、EDTA溶液をビュレットに流し込みます。
コニカルビーカーに、MgCl2とCaCl2を含む試料溶液10 mL、イオン交換水約40 mL、そしてpH10のアンモニア―塩化アンモニウム緩衝溶液2 mLを入れ、ビュレット下部に設置します。これらの溶液はすべて無色透明で、入れた後の色の変化もありません。そこに、BT指示薬溶液数滴を加えると、溶液の色は赤色となります。
これらを用いて、合計3回の滴定を行い、滴定中の溶液の色の変化や滴定の終点を観察します。今回の滴定結果を表1に示します。全ての滴定において、滴定前の溶液の色は赤色で、EDTA溶液を滴下すると終点直前になって徐々に青みがかる(赤~赤紫~紫~青紫~青)といった色の変化があります(図1)。終点のときのEDTA滴下量の平均は、15.68 mLとなり、どの滴定回の終点も平均の±1.00 mLに収まっているため、正しい結果と言えそうです。
なお、終点は、溶液の色が青色になってからEDTA溶液を約3 mL加えても色の変化が見られないことを確認してから決定します。EDTA滴下量は、滴定のビュレットの目盛りで読み取った値の終点から始点を引いて求められます。
溶液の色 | EDTA滴下量 (mL) | |||
1回目 | 2回目 | 3回目 | 平均 | |
赤(始点) | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
赤紫 | 15.49 | 15.49 | 15.49 | |
紫 | 15.58 | 15.54 | 15.50 | 15.54 |
青紫 | 15.65 | 15.60 | 15.55 | 15.60 |
青(終点) | 15.68 | 15.66 | 15.69 | 15.68 |
カルシウムだけを定量しよう(分別定量)
カルシウム・マグネシウム混合溶液から、カルシウムだけの濃度を調べてみましょう。そのために、溶解度の違いを用いてマグネシウムだけを沈殿させて取り除きます。
コニカルビーカーに、MgCl2とCaCl2を含む試料溶液10 mL、イオン交換水約10 mLを加えます。加えてすぐにMg(OH)2の白色沈殿が生じました。その後約5分放置して沈殿を底に沈めます。その後、スパチュラ2杯分のNN指示薬希釈粉末(薄い赤色)を加えると、溶液は薄い赤色となります。
この溶液に対して、合計3回の滴定を行い、滴定中の溶液の色の変化や滴定の終点を観察します。滴定結果を表2に示します。なお、滴定では、EDTA溶液を約9.00 mL滴下したところで8M KOH 約2 mL を加えることで、Mg(OH)2の沈殿にCa2+が吸着されることによる誤差を少なくできます。
滴定前の溶液の色は紫色で、EDTA溶液を約9.00 mL 滴下したところでKOHを加えるとすぐに薄い赤色となります。1~4回目の滴定に共通して、EDTA溶液を滴下すると終点直前になって徐々に青みがかる(薄い赤~赤〜赤紫~紫~青紫~青)といった色の変化があります。
全ての滴定において、終点のときのEDTA滴下量の平均は10.02 mLとなり、どの滴定回の終点も平均の±1.00 mLに収まっているため、正しい結果と言えそうです。
溶液の色 | EDTA滴下量 (mL) | |||
1回目 | 2回目 | 3回目 | 平均 | |
紫(始点) | 0.00 | 0.00 | 0.00 | 0.00 |
8M KOH 約2 mL投入 | ||||
赤 | 9.00 | 9.00 | 9.05 | 9.02 |
赤紫 | 9.90 | 9.80 | 9.75 | 9.82 |
紫 | 9.98 | 9.95 | 9.90 | 9.94 |
青紫 | 10.10 | 10.00 | 9.95 | 9.99 |
青(終点) | 10.03 | 10.05 | 9.98 | 10.02 |
計算
カルシウムとマグネシウムのモル濃度を計算しよう
金属イオンM2+とEDTAとの錯体形成反応には、以下のような関係があります。
M2+ + edta4- ⇄ [M(edta)]2-
つまり、錯体はM2+とEDTAが1対1で配位結合することにより形成されるので、EDTAの物質量は、Ca2+とMg2+の物質量の和と等しいと言えます。
(EDTAの物質量) = (Ca2+の物質量) + (Mg2+の物質量)
この関係を用いて、それぞれの物質量を求め、モル濃度を計算できます。
EDTAの物質量
滴定に用いたEDTA・2Na・2H2Oの質量は、0.9326 gでした。これを、イオン交換水で希釈し250 mL溶液を作製たので、EDTA・2Na・2H2Oの式量372.24を用いて、EDTA溶液のモル濃度は、1.00×10-2 mol/Lと計算できます。
次に、カルシウムとマグネシウムの混合溶液の定量でのEDTA平均滴定量15.68 mL(表1)と、先ほど求めたEDTA溶液のモル濃度1.00×10-2 mol/Lを用いて、EDTAの物質量は1.57×10-4 molであると計算できます。
15.68×10-3 (L)×0.010021 (mol/L) = 0.0001571 (mol) ≒ 1.57×10-4 (mol)
カルシウムの物質量
カルシウムの分別定量では、混合溶液にKOHを加えることで、以下のような化学反応が進行し、Ca+は溶解したまま、Mg+のみがMg(OH)2として沈殿しました。
Mg+ + OH– → Mg(OH)2↓
この状態で滴定を行うことにより、Ca2+の物質量を求めることができます。カルシウムの分別定量でのEDTA平均滴定量10.02 mLと、EDTA溶液のモル濃度1.00×10-2 mol/Lを用いて、Ca2+の物質量は1.00×10-4 molであると計算できます。
10.02×10-3 (L) × 0.010021 (mol/L) = 0.0001004 (mol) ≒ 1.00×10-4 (mol)
マグネシウムの物質量
(EDTAの物質量) = (Ca2+の物質量) + (Mg2+の物質量)の関係から、これまで計算してきた値を用いて、Mg2+の物質量は5.67×10-5 molと計算できます。
0.0001571 (mol) – 0.0001004 (mol) = 0.0000567 ≒ 5.67×10-5 (mol)
物質量からモル濃度への変換
ここまでで、Ca2+とMg2+の物質量を計算してきました。今回使用した混合溶液の体積は10.0 mLだったので、Ca2+とMg2+のモル濃度はそれぞれ1.00×10-2 mol/L、5.67×10-3 mol/Lと計算できますね。
疑問
キレート滴定でアンモニア緩衝溶液を使ったのはなぜ?
カルシウム・マグネシウム混合溶液のキレート滴定では、コニカルビーカーにpH10のアンモニア―塩化アンモニウム緩衝溶液を加えました。これには二つの理由があります。
一つは、EDTAが錯体を放出するために水素イオンを放出するためです。edta3-とedta4-には酸濃度に依存して次のような酸解離平衡があります。
Hedta3- ⇄ edta4- + H+
酸解離定数pKaは10.26であり、これはpH10.26でedta3-とedta4-が1対1の割合で存在できることを示しています。edta4-が錯体形成に使われると、平衡が右に傾くことでedta4-が補充されます。しかし、それと同時に水素イオンも増えていくため、このままでは溶液のpHが低下して反応が進みにくくなってしまいます。
だからといって、pHを上げすぎると混合溶液に含まれる金属イオンが水酸化物として沈殿してしまう恐れがあります。
これらの理由から、溶液をpH10に保つためにアンモニア緩衝溶液を使用しています。
NN指示薬とBT指示薬、使い分けたのはなぜ?
カルシウム・マグネシウム混合溶液のキレート滴定ではBT指示薬を使いましたが、カルシウムの分別定量ではNN指示薬を使いました。
これは、溶液のpHに応じて適切な指示薬があるためです。
緩衝溶液によりpH10程度となっている混合溶液に対しては、pH7~11に青色の変色域を持つBT指示薬が適当であると考えられます。
一方で、2M KOHを加えてpHが高くなっている分別定量の溶液に対しては、pH12~13に青色の変色域を持つNN指示薬が適当であると考えられます。
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